聖隷クリストファー中・高等学校
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朝のお話(田川明浩先生)~求めて、探して、見つける~

私は色々なことに興味、関心があり、本棚に並んだ自分の本を見るとあまりにもバラバラなジャンルの本が並んでいることに自分でもあきれてしまうのですが、その中でもやはり私はスポーツに一番関心があります。

私は運よく中学、高校とレベルの高いバレーボール部に所属することができたため、多くの良いプレーを見てきました。そういったプレーを見ながら自分なりに「どうしてそう動いたのか」「なぜそうなるのか」を考えることが好きでした。今考えるとある意味これが私の個性であったように思います。

そんなことばかり考える中学生や高校生はあまりいないからです。

高校3年になり、大学進学を考えたとき、私は自分のこういった興味について知ることのできる体育学部を選ぶことにしました。

大学ではスポーツバイオメカニクスという分野を勉強しました。

スポーツバイオメカニクスとは、解剖学生理学力学応用して、身体動きの巧みさ、美しさ、また効率的な動きを解明しようという学問です。

例えば一流選手とそうでない選手の体のあちこちに電極をつけ、同じ運動をしてもらい、一流選手は運動中にどこの筋肉を多く使っているか、またどのタイミングでその筋肉が動き始めているかなどを分析し、違いを見つけ、「なぜそうなるのか」、「どうすれば一流選手の動きに近づくのか」の答えを出していきます。最近では測定方法が更に進化し、ダイレクト・リニア・トランスフォーメーション、メソッドという手法によって、3次元座標のデータが収集出来るようになり、実験的測定では充分に捉え切れなかった選手の動きも分かるようになってきました。

スポーツの世界では次々と常識破りの選手が現れ、トレーニングの常識や記録が塗り替えられます。すごい選手が出てくるたびに新しい研究が始まります。まさに「常なる物は何もない」ということが競技スポーツの最前線であるように思います。

しかも「動き」そのものは、外から見れば力学的なものではあるけども、選手の側から見れば、むしろ「動き」は心理的存在であって、どう動くことを頭でイメージしたかという要素も絡んでくるので、頭、つまり脳の働きも含めると、運動を科学するということは非常に奥が深いものがあります。

私は普段、どのスポーツを見ていても、なぜそうなるのか、どうしてそう動いたのか、何をイメージしたのかといったことを、考えることがほとんど癖のようになっていています。

スポーツを見ることが好きというよりもスポーツを考えることが好きなのです。

スポーツでなくとも例えば楽器を扱う人の指の動きや、道路を作る人の道具を使う体の動き、田植えをする人の手や足の角度、職人さんのモノを作る動きやリズムを見ても、無駄のない動きの美しさに感心するだけでなく、体をどう使っているかとか、なぜそう動くのかの理由を考えたりしてしまいます。ただ、あまり見すぎると変な人だと思われるので、ほどほどにするようにはしています。

さて、スポーツを考え、分析していると、球技や柔道、剣道のように相手と向かい合って競い合うスポーツにおいては、「動き」だけでなく「目」が大変重要な役割を果たしていることがわかってきます。これらのスポーツでは、動いているボールや人の動きを瞬時に分析し、動きの先を予測し、相手の考えを見破ることが非常に重要になるからです。

 剣道の世界には、一眼二足三胆四力という言葉があって、これは相手と戦うときの重要度を順番に表したものです。解説すると一番大事なことは、であり、相手動作から相手の考えを見破る洞察力であると教えています。

番目に大事なことは、足の使い方であり、足の使い方が正しければ手は充分に動くと教えています。

三番目は胆。つまりものに動ぜぬ度胸決断力のことだと言っています。

最後の四番目は多くの人が目を奪われがちな、であるといい、心の修行を重視する剣道では、すべての最後に華やかなをもって来ているところに、この教え尊さを感じます。

 長い間バレーボールを指導している私も、バレーボール上達のための順番として、全く同じ結論を持っていたので、剣道界のこの言葉と出会った時、自分の考えに自信を深めたものです。

いつも「良い動き」とは何かを考えていたために、たどり着いた結論であったように思います。

実は数ヶ月前にも、「目」と「動き」の関係性について私はあるダンス部の生徒から、大変貴重なことを教わりました。

普段はクリストファーホールで練習しているダンス部が、「3年生を送る会」で披露するダンスを、体育館アリーナで練習した翌日の会話でした。私が「昨日の練習はどうだった」と聞くと、彼女は納得のいっていない様子で首をかしげ、「ポジションチェンジして、体系を変化させるときに、クリストファーホールでは上手くいくのに、アリーナだと人と人の間隔が狂ってしまうのです。」と言いました。そして、「たぶんそれは、自分から周囲の壁までの距離がアリーナとクリストファーホールでは違うからだと思います」と続けました。

「つまりどういうこと?」と私が聞くと、「知らず知らずのうちに普段練習している場所の壁までの距離で自分の位置を確認していたから、違う会場に行くと距離感が狂ってしまうと言うことです」と答えてくれました。

そしてさらに続けて「だから、どこの会場でもちゃんと出来るためには、普段から壁を基準にしてはいけないんです」と教えてくれました。彼女は正確な動きのための目の使い方について話したのです。

私は本当に感心し、「それは名言だな」と答えました。そして、バレーボールの場合も全く同じことだと納得し、とてもいい言葉をもらったように思いました。

 この生徒はダンスをやりたくてこの学校を選んだと、以前話していました。ダンスをしているときの彼女はいつも本当に真剣で、声もかけづらいくらいです。

その真剣さの中で、「動き」に対する探究心が生まれ、「壁を基準にしてはならない」という素晴らしい言葉を見つけたのだと思います。

私は「動き」について真剣に考え、分析し、答えを出そうとしている人がここにもいる。

スポーツを考える人がここにもいると、嬉しく思いました。

 学問の始まりは「なぜ?」「どうして?」と考える所から始まると言いわれます。

実際には彼女がどうやってその言葉にたどり着いたのか、私は知りません。

 しかし、彼女を含むダンス部の人たちが、真剣な努力や、上手くいかない苦悩の中から、「なぜ?」「どうして?」「どうしたら?」と考え抜いて、とうとうその答えをひねり出したように聞こえたことが、とても心地よく感じました。

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