聖隷クリストファー中・高等学校
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朝のお話(田川先生)~思いやりを持って叱る~


私には何度も思い出す場面があります。

もう10年以上も前の話になりますが、私の所属する学年に運動能力が高く、素直な所はあるけれど、乱暴で言葉遣いも悪く、エネルギーを持て余し、うまく感情のコントロールができずに次々と問題を起こす男子生徒がいました。

私たちは彼が問題を起こすたび、指導を繰り返しました。それでも私たちには、彼が遠回りしながらも、少しずつ大人になっていくように感じられていたのです。

しかし最上級生の高3になって間もなく、彼はまたしても問題を起こしました。学校のルールを破った下級生に注意しようとした彼は、相手の態度の悪さに腹を立て、乱暴な言葉と乱暴な態度で迫ったため、その行為自体が大きな問題になってしまいました。
彼の指導を巡って私たちは会議をし、まず事の次第をご両親に説明するため学校まで来ていただき、私を含め二名の教員が応対することになりました。

保護者である父親が学校に到着し、私たちとテーブルを挟んで向かい合いました。私たちの説明を聞き終えると、その生徒は急に自分の正当性を主張し始め、父親に対して「ルール違反を注意して何が悪い」と悪態をつき始めました。しかしその父親は、彼が学校から何のことについて指導されているのかよく理解していたため、彼の主張に取り合わず、お前が悪いと言い張りました。もともとエネルギシュなうえに頑固で意地っ張りな彼のことです。彼は納得せず、お互いに家庭内の過去のことを持ち出して、私たちの目の前で親子喧嘩が始まりました。

彼がたくさん文句を言い、父親が一言で返す。その一言に彼がまた激昂して反論をまくしたて、また父親が一言で返すことの繰り返しでした。私たちも何度か仲裁に入るものの一度スイッチが入った彼はなかなか収まりません。彼ら二人と私たちの仲裁の発言が混ざり合い、誰が何を言っているのか分からない事態になりかけた時です。

父親が強い口調で
「お前は先輩として思いやりを持って叱ったのか!」と言い放ちました。父親が急に声のボリュームを上げたこともあったと思いますが、その一言が一瞬にしてその場の空気を変えました。そしてそれは、父親が到着してからそれまでに言ったなかで、一番長いセリフでした。

父親の迫力にけおされた彼は黙って考え込み、
しばらくして絞り出すように「そうじゃなかった」と答えました。

父親はその返事を聞いてこう続けました。
「お父さんにも子供のころ後輩はたくさんいた。だけどお父さんたちは、それを言ってあげないとその子のためにならないと思った時だけ後輩を叱れと先輩から教わったぞ。お前はそういう気持ちではなく、生意気とか、許せんとか、むかつく、と言った気持で後輩を注意したのではないか?」と言いました。

そして「先輩が後輩を注意するということは、許せんとか、むかつくとかいう事ではない!」
と締めくくりました。
彼はそれ以上反論をせず、「自分が悪かった」と我々にも謝罪し、その場は急速に収束に向かったのです。

職員室に戻った私は、少なからす衝撃を受け、興奮していました。
「お前は思いやりを持って叱ったのか?」と言った父親の言葉が頭から離れませんでした。

父親はそれを先生や自分の親に教わったとは言いませんでした。
先輩から教わったと言いました。

父親の少年時代を想像してみました。私より5,6歳くらい年上でしょうか。考えてみればその時代にはガキ大将なるものが存在し、年上も年下も混ざり合って山や野原で走り回って遊んだ時代であったと思います。年齢に幅のある集団の中で、子供たちは子供たちなりに年上や年下との付き合い方を学び、思いやりや助け合いを学び、様々な社会性を身に付けていった時代だったと思います。「年下を叱るときには思いやりを持って叱れ」ということも、そんな集団の中の、言い伝えのような伝統のようなものの一つなのだろうな、と思いました。
そうだとしたら、それは今よりも子供たちが精神的に豊かな時代であったのではないかと思いました。

「思いやりを持って叱る」とは、私にはとても素敵な言葉に感じられたのです。

そして、果たして自分はこれまで、生徒やわが子に対して本当に思いやりを持って叱ってきたのかと、自分を振り返る良い機会となりました。

同じことを注意するのであっても、思いやりを持って叱ったなら、それは怒りではなく、
その子の今後に対する心配であり、アドバイスであり、励ましなのです。
本当にそう思っていたら、叱る言葉の質や音色が変わり、自分の態度が醸し出す雰囲気も変わるはずだな、と思いました。

それ以来、私は生徒やわが子を叱るとき、即座に行動に移るのではなく、一拍置いて、自分はその子の何を心配しているのか、を考えてから注意するようになりました。
叱りながら励まし、励ましながら叱るようになりました。
そしてそう心掛けるようになってからは、どんなに叱っても、
言っていることが分かってもらえないということが極端に減ったように思います。

私はこれまでに何度も何度もその言葉を思い出してきました。
今でもあのシーンを鮮明に覚えています。
私はこの父親に心から感謝しています。おかしな話ですがその父親に会わせたくれた彼にも感謝しているのです。教師としてというよりも、人として本当に大切なことの一つを、
教えてもらったと思っています。

彼が卒業して何年がたったのでしょう。
今年も体育館の下にある桜は見事に咲いて、
それとともにたくさんの新入生を迎えることができました。
それはたくさんの後輩を迎えたということです。
どの後輩に対しても、皆が思いやりと愛情を持って関わっていきましょう。

そしてこの年の離れた大きな人間集団の中にあっても、
本当に正しいことが先輩から後輩に、伝統として受け継がれていく学校になっていったら素晴らしいなと思います。

気の早い話ですが、来年の春には、「良き伝統」を残してくれた卒業生たちに感謝しながら、またあの美しい桜を見ることができたらいいなと思っています。

お話を終わります。

2015.4.14礼拝の話

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