聖隷クリストファー中・高等学校
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朝のお話(敷浪いづみ先生)

中学・高校の1年生の皆さんは入学してそろそろ1週間がたとうとしています。毎朝礼拝で始まるこの学校の生活に慣れてきたでしょうか。朝の礼拝についてはどう思いますか。讃美歌を歌うのはどうですか。校歌(讃美歌393番)のメロディーは覚えましたか。

 

礼拝の時間は、ただ座っているだけでも簡単に過ぎてしまいます。聖書やお祈りの言葉があなたの心に響かなくても、じっとしているだけで、すぐに終わってしまいます。小さな字だらけの聖書ですが、司会者が読んでくれるのを聞きながら、ひとつの言葉でいいから聖書の中からピンとくるものを発見して欲しいなあと思います。

その点、先生方のお話はいいですね。授業では分からないその先生の意外な一面に触れることができたり、普段は接することのない先生方のお話を通して、思わぬ世界を見せられたりと、興味を持って聞くことができるのではないでしょうか。たった数分間のお話ですが、私たち先生にとっては、礼拝でのお話は案外気の重い、責任重大のお仕事です。それは授業で知識や技術を語るのと違って、自分の心の思いや、自分が生きてきた姿勢を皆さんにさらけ出さなくてはならないからです。そんな先生方のお話が皆さんの心に響いてくれるといいなあと思います。

さて、そんな礼拝の中で、一番積極的に動かなければならないのが讃美歌です。まず立ち上がらなくてはなりません。よいしょ。そして歌です。歌うというのはただしゃべるのよりずっと力がいります。息をしっかり鼻から吸って、そしておなかから出さないと、歌にはなりません。口をしっかりあけて低い音から高い音へと奏でなければなりません。「讃美歌がうざいんだよなあ。めんどいんだよなあ」と思っている人がいるに違いありません。そりゃそうでしょう。歌うには力や心がちょっと必要だからです。

けれども皆さんの中には、「ホントは讃美歌を歌うのちょっと好きだ」という人もいるに違いありません。また、「あの讃美歌は好きだ」というのがある人もいるでしょう。大きな口をあけて歌うのは、ちょっと恥ずかしい。だけどあのメロディーいいなという讃美歌がひとつやふたつはあるのではないですか?

しばらく前、知人が私にこんな話しをしてくれました。

「このあいだ、浜松駅んところに聖隷の生徒がいたの。2・3人で腕を組んで歩いてたんだけどね。リボン青かったけどね。」「ああ、それじゃあ中学生だ」「いーつくしみふかーきーって歌ってたよ」というのです。

そういう話はびっくりするけどうれしいですね。外ではないかもしれませんが、学校の中では私も時々体験します。でかくてごっつい高校生の男子が、廊下で鼻歌で讃美歌のメロディーを口ずさんでいるのを聞くことが。。。いつかは授業が終わってロッカーに教科書をガサーっと片付けながら、土曜日に歌うちょっと難しい第Ⅱ編161番のあのメロディーを鼻歌してた男子にはびっくりしました。

歌はそんな風に口をついて出てくるものです。思わず知らず自分でも気づかぬうちに歌ってしまっている。口をついて出てくる。讃美歌ではない、自分の好きな歌のことを想像してもらえば分かると思います。声は出さなくても、心の中で歌っている。そして思わず口をついてメロディーが出てきてしまう。自転車をこぎながら歌ってしまう。それこそが歌の力、心の中に住み着いた歌が思わぬときに私たちを元気づけてくれたり、慰めたりしてくれるのです。

毎朝毎日、讃美歌を歌う。街に出て何となくうれしかった中学生が腕を組んで思わず「いーつくしみふかーきー」と歌いながら歩いてしまった。何となく讃美歌で歌のメロディーを口ずさんでいた。

そのように、知らぬ間に讃美歌が皆さんの心の中に住み着き、いつかどこかであなたを元気づけたり慰めてくれるものになるといいなあと願います。

以前、高校の音楽の時間の中に、好きな讃美歌アンケートというのを取ってくださったというお話を彦坂先生にお聞きました。そしたら一番は393番校歌だったと。やっぱり校歌は一番多く歌うし、青空の下でとか、いろんな場面で歌うことがあるからでしょうか。「かみの光は世のこみちの暗きすみにもてりかがやく」この校歌の歌いだしの言葉が皆さんの心の中にしっかりと住み着いて、いつか何かの折に口をついて出てくることがあれば、きっとそれは皆さんの一生にとってずっと効き目のある励ましのメロディーになってくれることだろうと思います。

今朝の礼拝でも、是非大きな声で讃美歌を歌ってください。

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