聖隷クリストファー中・高等学校
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朝のお話(敷浪いづみ先生)

 

 今みんなで歌った讃美歌368番はいかがですか?軽快なメロディーにわかりやすい歌詞。一番では「朝日が照り輝く間に」、二番には「真昼の間に」、そして三番では「夕日がさしてくる前に」と一日を追いながら、「一生懸命働こう!つとめ、いそしめ」と歌います。きらきら光る朝露や、空を行く雲と降り注ぐ太陽の光、そして田んぼの上を渡る爽やかな風、日が移りゆく中で、額に汗して働くお百姓さんの姿、時を惜しんで働く人の姿が思い浮かびます。

 本校では毎年、7月になるとこの讃美歌が歌われます。一学期が終わりに近づき、夏休みに入る寸前のこの時期、本校では長いことワークキャンプという行事が行われてきました。高校が始まった40年以上前には、23日の泊りがけで、途中からは泊まりはなくなりましたが3日間、そしてその後は2日間でしたが、炎天下の中で集中的に労作を行う行事です。高校3年間のちょうど真ん中ごろに高校の2年生が通過しなくてはならない苦しい労作の行事でした。梅雨が明け、いよいよ日差しが強くなるちょうど今の時期に、2日ないし3日間、全2年生が先生方全員と戸外に出て、あるいは学校林のひのき林の下草を刈り、あるいは学校周辺の大谷川の川岸の草を刈り、ヘビや蜂の襲来におびえつつ、草木のかぶれに苦しめられつつ、鎌をふるって汗を流す。ただそれだけの単純な、しかし暑さと戦い、自分と戦う苦しい行事でした。

 讃美歌の368番は、そのワークキャンプのテーマソングです。苦しく気が重い、私たち先生にとっても辛い行事でしたが、ワークが始まる前の朝の礼拝でこの讃美歌は歌われました。今日も一日頑張るぞ!暑さにへこたれないで頑張るぞ!と自分を励まし、勇気づけるために大きな声で歌いました。そして地下足袋の小はぜをきゅっと締めることで、萎えてしまいそうな自分の心を引き締めました。照りつける日差し、休憩の時間に凍らせた麦茶で喉を潤すときに、どこからとなく吹いてくる爽やかな風と鳥の声、労働作業の苦しさと喜びと、成し遂げたときの爽快感、達成感などがこの歌に歌われており、歌うことで自分を力づける、そんな讃美歌です。そんなワークキャンプの名残として、今でも7月になるとこの讃美歌が歌われています。

 毎日の礼拝の中で讃美歌を歌うというのは、そういうものだと私は思っています。大きな声で歌い、歌詞をかみしめ、神様を讃美したり、イエス様の教えを確認したり、生きる意味に気づいたり、心に決意したり、そして自分を勇気づけたり。歌を歌うということは、そんな心に響く行為だと思いませんか?

 ことあるごとに歌われる讃美歌393番、校歌もそうです。歌うたびに、本校が目指している精神、こんな風に生きて行こうじゃないかというメッセージを歌詞から受けとり、自分の声に出してそれを表明する。入学式では何の意味か分からずに、珍しい校歌だなあと戸惑いながら歌い、毎週繰り返し歌うことで、おぼろげながらもその意味がわかってくる。試合に勝利したときは誇らしい気持ちで神を讃美し、そして卒業していく時には、この学校で学んだことを総ざらいして出発の決意をこめて歌う。讃美歌はそのようにいつも私たちのそばにあって、歌うことで私たちを励ましてくれます。

 もう10年近く前になるでしょうか。こんなことがありました。誰が言い出したのか、試合などの時には393番ではちょっとカタイから、本校の応援歌を作ろうじゃないか、という話が持ち上がったのです。校歌よりもラフで歌いやすい歌を、ということです。校歌とは別にそういう応援歌を持つ学校というのは結構あるものです。で、その時は校内で歌詞が募集され、選ばれた歌詞に新進の作曲家先生という方によって曲も付けられ、何とその年の野球応援に間に合うようにと聖歌隊に歌ってもらったデモテープを放送で流し、練習までして。。。けれどもなぜかその応援歌は歌い継がれる歌にはなりませんでした。理由はご想像にお任せしますが、正直なところあんまり歌いやすい歌ではありませんでした。ほとんど歌われることなく忘れ去られてしまいました。

 讃美歌の中には長く歌い継がれてきたいい歌がたくさんあります。いつか応援歌を作るなら、無理にこなれの悪い親しみにくい消えてしまうような歌を作るより、讃美歌の中から本校らしい応援歌を探すのも面白いだろうなあと実は密かに思っています。

 まあ、何はともあれ今は校歌が皆さんに親しまれ、決意を表す歌になっているのは本当にうれしいことです。甲子園で讃美歌393番を歌ってみたい。そんな日を夢に描きます。

 さて、今朝はワークキャンプのテーマソングを歌って「つとめいそしめ!」一日のスタートにしようではありませんか。

 

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